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東京地方裁判所 平成4年(ワ)20456号 判決

原告

株式会社盛案

右代表者代表取締役

アーマッド・エフテカーリ・マスミ

右訴訟代理人弁護士

畑口絋

田中晋

播磨鉄治

被告

株式会社東海銀行

右代表者代表取締役

水谷研治

右訴訟代理人弁護士

内田公志

西塔真達

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金六八九三万一八三二円及びこれに対する平成元年八月一〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告が、原告の依頼を受けて発行した銀行保証状の支払いをし、その求償権の行使として、原告から担保の目的で提供を受けたスタンドバイ信用状の支払いを受けたことについて、原告が、右求償権の不存在等を理由として、求償権の違法な行使により右スタンドバイ信用状による支払額と同額の損害を被ったことを主張し、債務不履行もしくは不法行為に基づく損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等(特に証拠を明示しない限り当事者間に争いがない。)

1  原告は、イランを中心に中東地域への機械、光学製品等の輸出をその業務とする株式会社である。

2  原告は、昭和六一年一〇月、モスカンパニー(イラン政府組織)との間でモスカンパニーの仕様に基づく気象用風船の安定器五〇〇〇台を、代金四億五〇〇〇万円で開発、製造し、販売する契約(以下、「本件原契約」という。)を締結した(原告代表者)。

3  マルカジ銀行(イラン・イスラム共和国所在)は、昭和六一年一一月四日、モスカンパニーの委託に基づき、右代金支払いのため、原告を受益者とする次の要旨の取消不能(信用状による支払いの約束については、発行銀行及び受益者の同意がない限り取消、変更ができない。)の信用状を発行した(なお、その後、本件信用状の有効期限は、順次、昭和六三年四月一三日、同年七月一三日、同年九月二八日にそれぞれ変更された。)。

(一) 信用状金額 四億五〇〇〇万円

(二) 有効期限 昭和六二年一〇月一三日

(三) 本件信用状は、本件信用状で要求された船積書類等(以下、「船積書類等」という。)を提示することにより、東京都の被告銀行のカウンターで一覧払による支払いを受けることができる。

(四) 受益者は、本件信用状を使用する前に、テヘランのメリ・イラン銀行により発行された信用状金額の一〇パーセント相当額のモスカンパニー宛の契約履行保証状を提出し、本件信用状が有効になる以前に右契約履行保証状の発行についてのマルカジ銀行の確認を得なければならない。

(五) 受益者は、昭和六一年一月九日付のマルカジ銀行テレックスのテキストに基づき被告あるいは日本国の一流銀行の一により発行された銀行保証状により、信用状金額の一五パーセント(前払金)を受領できる。信用状金額の残額八五パーセントは、信用状金額の一〇〇パーセントの要求された船積書類等の提示により支払われる。

4  原告は、本件信用状に基づく前払金を受領するため、銀行保証状の発行を被告に依頼した。

5  被告は、昭和六二年一月一四日、マルカジ銀行を受益者とする次の要旨の銀行保証状(以下、「本件保証状」という。)を発行した。

(一) 被告は、原告が本件信用状において要求されている書類(船積書類等)を昭和六二年一〇月一三日までにVSPEI(イラン政府セパー省の下部機関)に提示できない場合に、六七五〇万円を上限として支払実行された金額の返還を取消不能かつ無条件に保証する。

(二) 本件信用状が効力を失う日に、被告は、マルカジ銀行に対し、本件保証状の未使用残高を該当期間につき一般的な利率による利息を付して支払うものとし、いかなる請求も証明も証拠も要求されない。

(三) 本件保証状は、本件信用状の期限が延長された場合には、これに対応するように延長され、また、本件保証状は、本件信用状の条件に従って提示された文書の価値に比例して、かつ、本件信用状の開設依頼人の確認によって減額することができる。

6  原告は、本件保証状の外、メリ・イラン銀行発行の契約履行保証状(ただし、金額は本件信用状金額の五パーセント相当する二二五〇万円)の提出等をした上、本件信用状に基づく前払金六七五〇万円(以下、「本件前払金」という。)を受領した。

7  本件信用状の受益者が、昭和六三年一二月一二日、原告からアケボノ貿易株式会社(以下、「アケボノ貿易」という。)に変更された(以下、「本件受益者変更」という。)。

8  被告は、平成元年八月一〇日、マルカジ銀行に対し、本件保証状の支払として、本件前払金相当額六七五〇万円及び利息一四三万一八三二円の合計六八九三万一八三二円を支払った。

9  被告は、原告に対する債権の担保として、原告から、ファースト・アメリカン・バンク・オヴ・バージニア銀行が被告を受益者として発行していたスタンドバイ信用状の提供を受けていたところ、本件保証状の支払いに基づく求償権の行使として右スタンドバイ信用状により六八九三万一八三二円の支払いを受けたが、右スタンドバイ信用状の支払いは、原告の計算に帰せられた。

二  争点

1  本件保証状は、原告の委託に基づくものといえるか。

(被告)

原告の被告に対する本件保証状発行依頼の趣旨は、本件信用状においてマルカジ銀行が指定したテキストに従い、銀行保証状を発行して欲しいというものであり、被告は右テキストに従って本件保証状を発行したから、本件保証状は、原告の委託に基づくものといえる。

(原告)

原告は、被告に対し、被告備え付けの保証依頼書により銀行保証状の発行を依頼したが、その際、右保証依頼書に、保証の失効日が昭和六二年一〇月一三日である旨及び本保証依頼書に記載されている期間内に、被告がマルカジ銀行から何らの請求も受けない場合は、本保証は自動的に無効となる旨記載した。しかるに、被告が発行した本件保証状の内容は、前記第二事案の概要一5のとおりであり、原告の委託の趣旨と異なるものであるから、被告に、本件保証状の支払いに基づき、原告に対する求償権が発生することはない。

2  本件保証状の履行条件は成就したか。

(被告)

本件保証状の支払約束文言は、「原告が本件信用状において要求されている書類を昭和六二年一〇月一三日までにVSPEIに提示できない場合」に、被告は、マルカジ銀行に、無条件で所定の金員を支払うというものであり、その後、右の期限が再三延長され、最終的に昭和六三年九月二八日になったが、原告は同日までに船積書類等を提示できなかったから、本件保証状については、同月二九日以降支払義務が発生した。

(原告)

被告は、「原告が昭和六二年一〇月一三日までに船積書類等を提示できない場合」という本件保証状の履行条件をそのままにして本件保証状の期限のみを昭和六三年九月二八日まで延長しているから、右履行条件全体が無意味な記載と化し、本件保証状の履行条件ではなくなった。したがって、原告が昭和六三年九月二八日までに船積書類等を提示できなかったとしても、本件保証状の履行条件が成就したことにならず、被告は、右履行条件が成就していないにもかかわらず、本件保証状の支払をしたことになるから、原告に対する求償権は発生しない。

3  本件受益者変更により、本件保証状は当然失効したか。

(原告)

本件保証状は、本件信用状が効力を失う日に未使用残高とこれに対する利息について支払義務が発生するというものであるところ、本件保証状の「本件信用状が効力を失う日」という記載は、本件受益者変更により、本件信用状の旧受益者である原告と本件信用状の発行人であるマルカジ銀行との間においては、全く無意味なものとなったのであるから、本件保証状は本件受益者変更により当然にその効力を失ったと解すべきであり、被告がマルカジ銀行に対して、既に失効した本件保証状の支払いをしたとしても、原告に対する求償権は発生しない。

(被告)

本件保証状は、原告が、本件受益者変更の前である昭和六三年九月二八日までに、船積書類等を提示できなかったことにより、その支払義務が既に発生していたものであり、本件受益者変更は、新受益者アケボノ貿易との取引決済手段として、本件信用状を流用するためのものであって、本件保証状の支払義務に影響を与えない。

4  本件受益者変更により、本件保証状の履行条件が変更されるか。

(原告)

本件信用状の受益者が原告からアケボノ貿易に変更されたことにより、本件保証状の「原告が本件信用状において要求されている書類を本件信用状の期限までに提示できない場合」という履行条件も、右の原告がアケボノ貿易に変更されるのは当然である。ところで、アケボノ貿易は、被告が本件保証状の支払をした後である平成二年から五年にかけて、数回にわたり本件信用状金額の一〇〇パーセント分の船積をしたが、本件信用状の期限はアケボノ貿易が船積をするまでは延期されているのであるから、被告は本件保証状の履行条件が成就していないのに支払をしたものであり、原告に対する求償権は発生しない。

(被告)

本件保証状は、文言上原告以外の第三者による船積の事実(より正確には、船積書類等の提示の事実)を支払義務の発生に関連づけていない。したがって、新受益者であっても、アケボノ貿易による船積の事実の有無は、本件保証状の支払義務の有無と何ら関連しない。

5  被告とマルカジ銀行との間で、本件保証状を解約するとの黙示の合意が成立したか。

(原告)

本件受益者変更に際し、被告とマルカジ銀行との間で本件保証状を解約するとの黙示の合意が成立したから、被告にはマルカジ銀行に対して本件保証状の支払をする義務がなかった。

(被告)

マルカジ銀行は、本件受益者変更の直後から一貫して被告に対し本件銀行保証状に基づく支払いを請求しており、本件保証状を解約する意思を有していたとはいえないし、国際商業会議所作成の「一九八三年荷為替信用状に関する統一規則及び慣例」の条項に照らせば、本件保証状の黙示的な修正行為を認める余地はない。

6  本件保証状の支払に基づく被告の原告に対する求償権の行使は、信義則に反するか。

(原告)

(一) マルカジ銀行が原告に対して受益者変更の同意を求めた際、原告は、受益者変更に同意する代わりに、本件保証状について将来請求がないことを確認するために、被告に対し、テレックスの案文を示して、これに従った回答をマルカジ銀行にするよう求めたが、被告は、原告の意思を無視して、これと異なる内容のテレックスを送信した。被告が、原告の示した案文に従いテレックスを送信するなどして、原告の意思をそのままマルカジ銀行に伝えていれば、同銀行から本件保証状に基づく請求を受けることはなかったのであり、同銀行が右請求をしたのは、原告の意思を無視した被告の右行為に起因するものであるから、被告がマルカジ銀行の請求を受けて、本件保証状の支払をし、その求償権を原告に対して行使することは、信義則に反し許されない。

(二) 被告はマルカジ銀行に対し、平成元年六月一日、本件受益者変更により本件保証状は当然解除されたとの見解を伝えていたから、その後、これを翻して、本件保証状の有効性を主張したり、原告の同意なしに本件保証状の支払をすることは、信義則に反し許されない。

(被告)

(一) 被告が送信した受益者変更に同意する旨のテレックスの文面は、事前に原告代表者に呈示して承諾を得ている。また、原告の案文と被告が送信したテレックスは概ね同じ内容であり、求償権の行使に差を生ずるものではない。

(二) 被告が、原告主張のような見解をマルカジ銀行に伝えたのは、原告の要請に基づいて原告の見解をマルカジ銀行に伝えただけである上、本件保証状は取消不可能なものとして開設され、受益者たるマルカジ銀行の承諾なしに、被告の一方的な行為によってその支払義務が消滅するものでないから、被告が本件保証状の支払をしたとしても、信義則に反しない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  本件信用状には、マルカジ銀行が指定したテキストに従って発行された銀行保証状により、信用状金額の一五パーセント相当額を前払金として受領できる旨の記載があり、原告は、右前払金を受領するため、被告に銀行保証状の発行を依頼したものであることは、前記第二事案の概要一3、4のとおりであり、また、証拠(乙二、三、八、九、原告代表者、証人久野)によれば、(1)被告は、予め、マルカジ銀行から、同銀行が本件信用状において指定した銀行保証状についてのテキスト(前払金保証状(ADVANCE PAYMENT GUARANTEE)と題する書面で、前払金額、保証金額等具体的な事項を記載する部分は空欄とされた保証状の書式を表したものである。乙八。)をテレックスにより受信していたこと、(2)原告は、被告に対し、被告所定の保証依頼書(入札保証状(BID BOND)、履行保証状(PERFORMANCE BOND)及び返還保証状(REFUND BOND)の共通の発行依頼書で、予め印刷された文章の中から必要なものを、×印を付して選び、或いは、空欄に必要事項を記入する形式のもの。乙九。)により返還保証状の発行を依頼し、その際、右保証状依頼書の「添付書類どおり受益者が指示した書式によって本件保証状を発行して下さい。」と印刷された文章を選ぶとともに、マルカジ銀行が指定した前記テキストと全く同一の書式で、その空欄に具体的事項を記載した書類を右保証状依頼書に添付したが、被告が発行した本件保証状は、右添付書類と同一の記載内容となっていること、(3)右保証状依頼書自体にも、受益者の住所氏名、保証状の金額等発行を依頼する保証状の内容、条件等を表示する欄が設けられており、原告は当該欄にも記入をしたが、そのうち、右保証状依頼書の添付書類、したがって、本件保証状の記載内容と異なる部分は、原告が保証状の失効日を示す文章を選び、その日付として空欄に「昭和六一年一〇月一三日」(ただし、「昭和六二年」の誤記と認める。)と記入して、保証状が同日に失効するものであることを表示した箇所と、「本保証状は、ここに指定された時期までに貴行から請求がない場合は、自動的に無効となる。」との文章が印刷されている箇所である(したがって、右保証状依頼書自体から見ると、原告は、昭和六二年一〇月一三日までにマルカジ銀行から被告に請求がない場合には、自動的に無効となる(失効する)返還保証状の発行を依頼したように読める。)ことが認められる。

2  ところで、本件信用状は、本来、原告が昭和六二年一〇月一三日までに所定の船積書類等を提示することを条件に、信用状金額全部の支払を約すとともに、右条件の成否が未定の時期に、銀行保証状の発行を条件として、信用状金額の一部を前払金として支払うことを約したものであるから、右の銀行保証状は、前払金の返還が必要になった場合に備え、その返還を確保するためのものであることが明らかである。そうすると、原告が所定の船積書類等を提示しないまま、昭和六二年一〇月一三日を経過し、本件信用状の支払を請求できない場合に、初めて、既に受領した本件信用状金額の一部である前払金の返還が必要となり、右銀行保証状の支払義務が具体的に発生することになる。

3  そうであれば、前払金の返還の要否が定まる前の昭和六二年一〇月一三日までに、マルカジ銀行から被告に請求がない場合には、自動的に無効となる銀行保証状は、右のような前払金受領のための銀行保証状の目的、性質に反するものというべきであって、前記保証状依頼書の記載にかかわらず、原告が、被告にこのような銀行保証状の発行を依頼する意思があったとは到底認め難い(なお、証拠(乙九、証人久野)によれば、原・被告間では、銀行保証状の発行依頼の際、右保証状金額に対する年四パーセントの割合による手数料の支払が約された上、原告から昭和六二年一〇月一三日までの右手数料が支払われたが、被告職員の誤った指示に基づき、右手数料の算出期間を示す趣旨で、前記保証状依頼書の保証状失効日の日付欄が記入された可能性がある。)。以上に加え、前記のとおり保証状依頼書に添付された書類は、マルカジ銀行の指定した書式に従い、それ自体が銀行保証状の体裁を備えたものであることを考え合わせると、結局、原告は、右添付書類と同一の銀行保証状の発行を被告に依頼したことが認められ、したがって、右添付書類と同一の記載による本件保証状は、原告の委託に基づき発行されたものというべきである。

二  争点2について

前記のような前払金受領のための銀行保証状、従って、本件保証状の目的、性質に照らすと、本件信用状の有効期限が延長されれば、その結果、前払金の返還の要否も、右延長後の有効期限が経過するまで定まらないことになるから、本件信用状の有効期限の延長に応じて、当然、本件保証状の履行条件も、原告が、右延長された有効期限までに所定の船積書類等を提示できない場合という趣旨に変更されなければならず、そのため、本件保証状には、前記第二事案の概要一5(三)のとおり、「本保証状は、本件信用状の期限が延長された場合には、これに対応するように延長され」という文言が記載されていると解される。そして、本件信用状の有効期限が、最終的に昭和六三年九月二八日に変更されたことは、前記第二事案の概要一3のとおりであり、また、原告が同日までに所定の船積書類等を提示しなかったことは、原告の自認するところであるから、同日の経過により本件保証状の履行条件が成就し、被告は、本件保証状に基づき、マルカジ銀行に対して所定の金員を支払うべき具体的義務が生じたというべきである。

以上と異なる原告の見解は採用できない。

三  争点3について

原告は、本件保証状が本件受益者変更により当然失効したと主張するが、証拠(原告代表者、弁論の全趣旨)によると、原告とモスカンパニーの間の本件原契約は、製品の製造が進展せず、モスカンパニー等イラン側が次第に右製品に関心を失うなどしたため、右製品の引渡による取引の完結が困難になってきたこと、他方、イラン側は、他の商品の購入に関心を持ち始めたが、予算等の関係から新たな信用状を開設することが困難であったため、本件信用状の受益者を変更する方法により、右の商品取引の決済手段として本件信用状を利用することを企図したこと、その結果、原告とイラン側の間で本件原契約の解消等が話し合われた上、アケボノ貿易が本件信用状の新受益者となったが、原告は、アケボノ貿易とイラン側(なお、モスカンパニーは、昭和六三年末頃その組織が解消された可能性がある。)の取引の具体的な内容や経過等をほとんど知らず、右の取引と本件原契約の間には実質的な関連がないことが認められ、これによれば、本件受益者変更は、本件信用状を、本件原契約とは無関係の取引の決済手段に流用するためにされたものに過ぎないというべきであり、このような本件受益者変更の趣旨に照らすと、本件受益者変更により直ちに本件保証状が失効するとは解し難いし、他に原告の右主張を、認めるに足りる証拠はない。

四  争点4について

原告の主張は、本件受益者変更により、本件保証状の履行条件の成否も、当然新受益者アケボノ貿易について判断すべきものであるとの趣旨と解されるが、前記のような本件受益者変更の趣旨や経緯等に照らせば、本件原契約に基づき原告に支払われた本件前払金の返還の要否を、本件原契約と全く無関係のアケボノ貿易の取引と関連させて判断すべき実質的な理由はないというべきであり、その他原告の右主張を認めるに足りる証拠もない。

五  争点5について

本件全証拠によっても、マルカジ銀行が本件銀行保証状を黙示に解約したことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記のとおり本件原契約による取引の完結が困難となり、原告とイラン側の間で本件原契約の解消等が話合われた際、原告が製品の開発費等としてそれまで出捐した金額の支払を求めたのに対し、イラン側では、支払済みの本件前払金によって清算しようとする意見とあくまで本件前払金の返還を求めようとする意見があって一致しなかったこと、マルカジ銀行は平成元年に至って何度も被告に対して本件保証状の支払を求めていることが認められるから(原告代表者、証人久野、弁論の全趣旨)、マルカジ銀行が本件保証状を解約する意思を有していたとは到底認められない。

六  争点6について

1  証拠(甲二ないし四の1、2、六、原告代表者、証人久野、弁論の全趣旨)によれば、マルカジ銀行から、昭和六三年一一月二一日、被告を通じて原告に対し、本件信用状につき、有効期限を同年一二月二八日まで延長し、受益者をアケボノ貿易に変更する旨の修正の申入があったため、原告と被告が協議したところ、原告が、右の受益者変更に同意する代わりに、本件保証状や契約履行保証状に基づく支払義務を消滅させたいと考えていたので、被告は、原告代表者に対し、マルカジ銀行が右各保証状に関する原告及び被告の債務を免除するのであれば本件信用状の修正に同意する旨明記した回答をマルカジ銀行に送信することを提案したが、原告代表者がこれに同意しなかったこと、原告代表者は、受益者変更の条件として右各保証状に基づく支払義務の消滅をあからさまに求めることが逆効果となることを恐れ、被告が作成した回答の案文に手を入れ、その結果、原告と被告は、打合せの上、「本件信用状の残額を、新受益者が本件信用状に記載された同一の文言及び条件に従って利用することを通知することに同意する。修正の経緯から本件原契約の友好的解決または暫定的中断についてモスカンパニーと原告との間で合意ができたものと理解する。本件信用状は、二二五〇万円の契約履行保証状によって発効していることを認識されたい。原告は、本件原契約の条項に従い、前払金六七五〇万円の一〇パーセントに相当する六七五万円の保証義務を負っている。今後全ての修正は、原告の利益に不利な影響を与えるものではない。」旨記載した回答をマルカジ銀行に送信することにしたこと、その後、被告は、内部で更に検討した上、同年一二月一二日、マルカジ銀行に対し、「原告は、被告が新受益者に対し、本件信用状に記載された条件に従って本件信用状の未使用額を利用できる旨通知することを承諾する。修正の経緯から、被告は、モスカンパニーと原告の間で、本件原契約について友好的解決が合意されたと了解する。」旨だけを記載した回答をマルカジ銀行に送信したが、右回答の文面自体については、予め原告代表者の了解を得なかったこと(但し、右回答により本件受益者変更の同意がなされたことは、原告も争わない。)が認められる。

右の事実から明らかなとおり、原告と被告が打ち合せたマルカジ銀行への回答の案文は、各文章が羅列され、その文面上原告及び被告が何を意図したか明確に読み取れないものである上、被告がマルカジ銀行に実際に送信した回答との間に、効果の点で格別違いのあるものとも思われないから、被告が原告と打ち合せた内容の回答をマルカジ銀行に送信していれば、同銀行から本件保証状の支払を請求されなかったこと、あるいは、被告が右と異なる前記のような回答を同銀行に送信したため、同銀行から本件保証状の支払を請求されたことのいずれをも認めることができず、他にこの点を認めるに足りる証拠もないから、原告の主張は前提を欠き採用できない。

2  証拠(甲八、九、乙一〇、原告代表者、証人久野)によれば、本件受益者変更の後、平成元年一月から、被告は、マルカジ銀行から度々本件保証状の支払の請求を受けるようになったため、原告に連絡したところ、原告代表者は、被告に対し、本件保証状の支払をしないよう求めたこと、そこで、被告は、被告池袋支店の重要な顧客であった原告の意向に沿って対応することとし、原告代表者と協議した上、同年三月二九日、マルカジ銀行に対し、同銀行の右請求に関する原告の返答として、原告は六七五〇万円をはるかに超える金額を開発費用等に費消していること、原告は、本件受益者変更の時点で本件前払金を返還する必要がなくなったと考えていること等を伝える旨のテレックスを送信した他、更に、原告代表者が被告に示した案文に従い、同年六月一日付で、マルカジ銀行に対し、被告は、本件保証状が、本件受益者変更の時点で、本件受益者変更により本件保証状が失効した旨の通知を要することなく解除されたと考える等の趣旨を示したテレックスを送信したことが認められ、これによれば、被告は、マルカジ銀行の本件保証状の支払請求に対し、原告の意向に沿って対応するため、原告代表者の指示に従い、本件保証状が本件受益者変更により当然解除されたと考える旨の見解をマルカジ銀行に伝えたことは肯定できるが、被告が右のような見解(この見解が取りえないことは、既に述べたとおりである。)をマルカジ銀行に伝えたからといって、これが本件保証状の法的効力に何ら影響を与えるものではないから、その後に至って、被告が本件保証状の支払に応じたとしても、格別信義則に反するものとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。

第四  結論

以上によれば、被告は、原告の委託に基づき発行した本件保証状の条件に従い、その支払をしたことが認められるところ、右の支払に基づく求償権の成立やその行使の適法性を否定する原告の主張はいずれも失当であるから、原告の本訴請求はその前提を欠き、理由がない。

(裁判長裁判官濵野惺 裁判官荒井九州雄 裁判官中村恭)

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